職員の声

支店長/下紺秀則 職員の声トップへ戻る

下紺秀則 - 1978入行 / 本店営業部 本店長

地元企業の危機を、見過ごすわけにはいかない。

2001年、広島銀行に一つの部署が立ち上がりました。名は「自動車関連対策室」。特定業界にフォーカスしたセクションが生まれたのは、広島銀行の長い歴史の中でも初めて。 私はその責任者に任命されました。 自動車業界は完成車メーカーを中心に系列化され、多くの部品サプライヤーが広い裾野をつくっています。当時の業界は、自動車需要の低迷と過剰生産力の問題や、次世代技術の開発に向けた膨大な資金の必要性から、メーカーの世界的な再編が進展していました。そうした業界の潮流のなかで、部品調達も系列を超えた抜本的な見直しが同時進行していました。さらに、地元の完成車メーカーの大規模リストラもあり、サプライヤーの不安はピークに達していた。こうした状況の中で、広島銀行に何ができるのか? 特に企業体力が乏しく危急存亡の時を迎えている中小サプライヤーの困難を、見過ごしていていいのか。地元銀行として、共にこの困難に立ち向かうべきではないかという使命感が、自動車関連対策室の立ち上げに繋がったのです。

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数字からは、お客さまの真実の姿、本当の悩みは見えない。

当時のサプライヤーに最優先で必要だったのは、資金繰りがどうかとかいった相談にのることだけではなかった。どうすれば、これまで以上に、生産における無駄を排除して生産性を向上し、世界で戦うための技術力・コスト水準を実現するか。メーカーの系列を超えた販路をどう開拓するか。つまり事業再構築という壁の克服だったのです。財務諸表だけ見ていても、解決策は出てこない。モノづくりの現場が変わらなければ。そう考え始めた頃、対策室に、メーカー出身で技術領域にも詳しい現場のプロをアドバイザーとして迎え入れることができ、一緒に、サプライヤーの工場を徹底的に歩いて回ったんです。 アドバイザーの動きは衝撃でした。銀行員は工場に行くと、設備や在庫に目が向きます。でも彼は最初に、人の動きを見るんです。動きに無駄がないか、あれば何が原因なのかを厳しく見極める。生産性向上の第一歩は無駄の排除、そんな考え方、私はしたこともなかった。 おかげで私の行動や視点は随分と変わりました。ある工場の社長には「あんたら本当に銀行員か?」と目を丸くされたことも。工場を見ることすらしない銀行員もいる中、対策室のメンバーは、モノづくりの本質をハングリーについてくる、と。以降、その社長と、良い緊張感をもった本音のぶつかり合いが始まったのは言うまでもありません。

「銀行が、こんなことまでやるのか?」と驚かれた。

もう一つ、販路開拓の問題が残されていた。目をつけたのは九州です。当時は九州で自動車産業が拡大していた。広島からだと十分、部品供給できる範囲なのに、過去の系列意識が強く、そのサプライヤーも積極的に市場開拓をしていない。これを変えたかった。 しかし広島銀行だけで音頭をとっても、買い手側が動かない。そこで、商工会議所や行政を巻き込みました。「県や市が動けば買い手側の反応も大きいし、サプライヤーの刺激にもなる。県・市主催による九州向けの商談会開催を」と働きかけたんです。実現することができた後、九州のメーカーから「銀行がそこまでやるのか?」と驚かれたのを、今も鮮明に憶えています。 広島の自動車部品サプライヤーが生産性向上や系列を超えた市場開拓に成功したのは、サプライヤーの皆さんに、高い技術力と危機意識を持った行動があったから。広島銀行は、きっかけづくりのお手伝いをしたに過ぎません。しかし「志を高く持ち、情熱を持って動けば、必ず困難を突破できる」という手応えを感じた瞬間でもありました。 広島銀行の職員にできることは、たくさんある。自動車関連対策室での経験が、そのことを教えてくれています。とてもロマンのある仕事だと思います。