江浙沪の「ひとりっ子女子」が
映す中国社会の変化

上海駐在員事務所
明賀 隆之/施 瑾

 ニーハオ!

 みなさま、こんにちは。上海駐在員事務所の明賀です。前回のレポートが好評だったので、今回も、弊所現地スタッフの施とともにお届けします。テーマは、中国社会で注目を集める「江浙沪独生女」についてです。

明賀:
最近、「江浙沪独生女(Jiang Zhe Hu dusheng nv)」という言葉をよく耳にしますが、具体的にはどのような人たちを指すのでしょうか?
施:
「江浙沪独生女」とは、中国の経済発展が著しい江蘇省(=江)、浙江省(=浙)、上海市(=沪)に住む、ひとりっ子政策のもとで育った女性たち(=独生女)を指します。彼女たちは裕福な家庭環境、高い教育レベル、そして自由で洗練されたライフスタイルを持つことで知られています。最近では、ソーシャルメディアを通じて注目され、「優雅」「独立」「恵まれた環境」といったイメージが定着しています。
 江浙沪地域とは、中国東部沿岸部に位置する江蘇省(省都:南京市)、浙江省(省都:杭州市)、上海市の3つの省・直轄市を指します。このエリアは「長江デルタ経済圏」として知られ、中国経済の中心的な役割を担う地域です。
明賀:
なぜ特に「江浙沪独生女」が話題になっているのでしょうか?
施:
前述の通り、江浙沪地域は中国の中でも経済成長が進んでおり、豊かな家庭が増えています。両親は子どもの教育や生活水準の向上に積極的に投資し、多くの「江浙沪独生女」が幼いころから質の高い教育を受け、成人後も十分な経済的支援を受けています。例えば、大学卒業時に親がマンションを購入し、安定した職業に就くためのサポートをすることも珍しくありません。
 また、中国のひとりっ子は、政府が発行した『独生子女証』を持っています。この証明書は、ひとりっ子政策のもとで育った子どもに対して、教育や就職、医療面で一定の優遇措置を提供するものであり、彼女たちの生活環境にも影響を与えています。
独生子女証(表紙)
独生子女証(表紙)
独生子女証(内容)
独生子女証(内容)
明賀:
非常に恵まれた環境に見えますが、一方で課題もあるのでは?
施:
はい。そのような環境は、子どもにとって大きなメリットがある一方で、プレッシャーも伴います。両親の期待が高く、幼い頃から競争社会に晒されることで、精神的な負担が大きくなることがあります。また、親の過保護が原因で、社会に出たときに自己決定力や困難への耐性が十分に育っていないケースもあります。
 さらに、彼女たちは「家庭の唯一の後継者」としての役割を求められるため、親の老後の世話や家業の承継など、多くの責任を背負うことになります。その結果、結婚や出産を躊躇する人も増えています。
明賀:
なるほど。そうした背景は、中国全体の社会問題とも関係しているのでしょうか?
施:
その通りです。「江浙沪独生女」の現象は、中国全体の人口政策や社会構造の変化と深く関わっています。中国のひとりっ子政策は約40年間続き、その影響で現在の若年層の人口は急減しており、中国国家統計局によると、中国の人口は3年連続(2022年~2024年)で減少しています。
 また、『独生子女証』を持つ世代は、親世代の扶養責任を一手に担うことになります。特に「4-2-1構造」(4人の祖父母、2人の親、1人の子ども)と呼ばれる状況では、ひとりっ子が高齢の親を支える負担が大きく、社会福祉や介護問題とも密接に関わっています。
 こうした状況の中で、特に経済が発展した地域では、若者の結婚・出産意欲が低下し、少子化が進んでいます。江浙沪地域では特にこの傾向が顕著となっています。
中国の人口増減(前年比)
中国の人口増減(前年比)
出所:中国国家統計局より筆者作成
中国の人口ピラミッド(2023年)
中国の人口ピラミッド(2023年)
出所:中国国家統計局より筆者作成
明賀:
今後、「江浙沪独生女」の未来はどのように変化していくと考えますか?
施:
人口減少と高齢化が進む中で、彼女たちは伝統的な家族観から脱却し、新しいライフスタイルやキャリア観を築いていくことが求められるでしょう。
 また、女性の社会的地位向上や経済的自立が進む中で、家庭や社会における女性の役割も変化し続けています。今後は、企業や社会全体で新しい家族のあり方を模索する動きが活発になると考えられます。
明賀:
非常に興味深いお話ですね。ただ、こうした現象は「江浙沪独生女」だけに限られたものなのでしょうか?
施:
いいえ、実際には中国国内の他の経済発展が進んだ地域でも同様の現象が見られます。裕福な家庭環境や教育水準の向上を背景に、ひとりっ子世代が親から十分な経済的支援を受け、質の高い教育を受けるという傾向は、中国全体に広がりつつあります。特に都市部では「江浙沪独生女」と似た特徴を持つひとりっ子世代が増加し、同様に社会から注目を集める存在となっています。
明賀:
なるほど。他地域でも同様の傾向があるという点は非常に重要ですね。中国の社会変化を理解する上で、非常に参考になりました。本日はありがとうございました。
施:
こちらこそ、ありがとうございました。今後も引き続き「中国の今」をお届けしていきますので、よろしくお願いします。

写真は筆者撮影
2025年1月